ボディメーカーとプリント工場の普及があたえた影響

最初に


東京Tシャツ部は「インディーズTシャツブランド」を主に紹介するサイトなのですが、今まで「そもそもインディーズTシャツブランドとは何なのか?」の説明をしたことがありませんでした。

今回はクラゲが語る「ボディメーカーとプリント工場の普及があたえた影響」についてお送りします。

※こちらは『HEADGOONIE T-SHIRTS MAGAZINE vol.1』に収録された「東京Tシャツ部クラゲが語る。インディーズTシャツの定義から未来まで」を、ヘッドグーニー編集部のご好意により、一部編集して掲載したものとなります

ボディメーカーとプリント工場の普及があたえた影響


インディーズTシャツが増加した理由には、小ロットで買える「UnitedAthle (ユナイテッドアスレ)」や「Printstar (プリントスター)」なんかのボディメーカーの普及や、ネットでプリント工場が探しやすくなったっていうのも後押しになってると思いますね。

昔は、「Hanes (ヘインズ)」や「anvil (アンビル)」あたりを海外から取り寄せなくちゃならなくて、それには最低購入枚数12枚~とかミニマムロットがあったり。

契約して口座を開くのに審査もありましたからね。今みたくネットショップからカートに入れてポンっと注文みたいなことはできなくて、ボディを入手するって結構大変なことでしたよね。

プリント工場も30枚以下では刷らないとか、今よりも敷居が高かった部分があったんですが、1枚からでも買える国内ボディメーカーが広く普及しはじめたのと同時に、プリント工場も10枚~でも受けるようになってきました。

これらによって、個人が軽いノリではじめられるくらい「Tシャツをつくる」ってことの敷居が下がったのもインディーズブランドの普及に影響していると思います。

3年目に迎えた東京Tシャツ部の危機?


東京Tシャツ部は、インディーズTシャツの総合サイトとして、数日置きに1ブランドのペースでブランド紹介をやってたんですけど、2年目くらいで「あれ?もう紹介するブランドがないかも?」ってくらい、だいたい紹介し終えちゃったんですよ。

このままじゃヤバイかなって一瞬思ったんですけど、3年目に入ったくらいから、週に2~3ブランドから連絡が来るようになったんです。

それまでは僕の方から探して紹介してたんですけど、その頃から逆に新しいブランドさんから連絡をもらうようになってきて。だいたい 2003~2004 年頃からですかね。ブランド数も爆発的に増えはじめて、大きなブームを迎えるんです。

インディーズTシャツが盛り上がる環境が整ってきた


ムックに掲載された記事は以上です。ここからはネットだけのクラゲコメントを。

昔のボディメーカーとプリント工場については、インタビュー聞き手のHEADGOOINE オオヤギさんから当時の状況を教えていただきました。

昔、ボディ(無地のTシャツ)は普通のルートで手に入れられず、取引口座を開くために契約をした上ではないと手に入れられませんでした。また、プリント工場へのオーダーも個人ブランドは受けないところも多くあり、敷居が高かったです。

Tシャツ周辺の環境で一番変わったのは、ボディの手に入れやすさとプリント工場へのオーダーのしやすさかもしれません。

今では以下のような、一括検索可能な便利なサービスもあります。

TEEK – プリント工場一括比較
 http://teek.jp/

無地Tシャツ まとめ – 最安値ボディ横断検索
 http://mujit.net/

今回はここまで。

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