インディーズTシャツの定義と歴史

インディーズTシャツの定義と歴史

東京Tシャツ部は「インディーズTシャツブランド」を主に紹介するサイトなのですが、今まで「そもそもインディーズTシャツブランドとは何なのか?」の説明をしたことがありませんでした。

そこで今回、クラゲが考える「インディーズTシャツの定義と歴史」についてお送りします。

※こちらはムック『HEADGOONIE T-SHIRTS MAGAZINE vol.1』に収録された「東京Tシャツ部クラゲが語る。インディーズTシャツの定義から未来まで」を、ヘッドグーニー編集部のご好意により、一部編集して掲載したものとなります

「インディーズTシャツ」の定義とは?

まず、「インディーズTシャツ」の定義を。すごくざっくりと言うと、主にインターネット販売をメインの販路とした、1人もしくは少人数で運営している個人規模のブランドのことを指すと思います。

セレクトショップに置いたりしているブランドもあるにはあるんですが、メインの収入源がインターネット販売や「Tシャツ・ラブ・サミット(以下、ラブサミ)」「デザインフェスタ」等の祭事だったりする部分が、従来のファッション業界とはあきらかに違う、インディーズブランド特有の大きな特徴の一つだと思います。

もっと具体的で根本的なことを言うと、普通、大きな会社体制で運営しているブランドだったら、デザイナーがいて、制作部門があって、営業がいて、販売員がいて、と業種別に分業されています。

一方、インディーズTシャツは、もちろんグラフィックを専門家に依頼したり、プリントは工場にお願いしたりとプロの手は各所各所で借りつつも、基本的にデザインから運営、お客さんとのやり取りから発送作業まで、全部自分の手でやるっていう、本当の意味での「インデペンデント(独立、自立)」という意味も「インディーズTシャツ」には含まれていると思います。

インディーズTシャツブランドの歴史

インディーズTシャツが大きく飛躍して、世間一般にも広まりはじめたのは、だいたい1990年代後期~2000年代初頭くらい。やっぱりインターネットの影響が大きいですね。

それ以前にも、インディーズブランドは極少数ではありますが、存在はしていました。まだネットも祭事もない時代だから、フリーマーケットで売ったり、原宿の路上に露店を出して販売したり。

90年代中期頃、原宿のキャットストリートにたくさん服の露店が出てたじゃないですか。個人が勝手にお店を広げて売ってるような。ほとんどが古着だったと思うんですが、その中にはインディーズブランドの源流となるブランドも混じっていたんですよ。

95年前後にフリマや露店で販売していた源流の人たちが、90年代後期にインターネットの普及とともにネット販売に移行し、ラブサミ等の祭事もはじまって、大きく飛躍しはじめる、というのがスタートだと思いますね。

僕が「東京Tシャツ部」をはじめたのもちょうどその頃2002年です。ラブサミがはじまり、東京Tシャツ部が出来たことによって、アンダーグラウンドな存在だったインディーズブランドという業界がだんだんと認知されてきて、「こんな世界があるんだ」「こういうこともできるんだ」って、興味を持つ人が増えてきたんだと思います。

いわゆる原宿系のブランドやお店よりも敷居が低く見えるというか、「あ、こういうのなら自分にもできるかも」と思えるというか。

インディーズTシャツの最大の楽しさとは

ムックに掲載された記事は以上です。ここからはネットだけのクラゲコメントを。

「インディーズTシャツ」とは、一人(もしくは少人数)で運営している個人規模のブランドとクラゲは定義しました。

インディーズTシャツをはじめて見たときに衝撃だったのは「一人でもブランドをつくれるんだ」というシンプルな驚きでした。同時に「自分ひとりでもブランドやってもいいんだ」というのにも気づかされました。

そして、インディーズには「インデペンデント(独立、自立)」という意味も含まれています。そこで、ブランドを作るとはどういうことか考えてみましょう。

ここに2枚のTシャツがあります。1枚はデジカメの写真をアイロンプリント用紙に印刷してTシャツに貼り付けたTシャツ、もう1枚はインディーズブランドのTシャツです。どちらも既製品ではないオリジナルのTシャツという点では同じですが、何が違うのでしょうか?

インディーズTシャツは身内や知人じゃない人にTシャツを買ってもらうことを目的としているのが、趣味のTシャツ作りとの大きな違いです。

知らない人にTシャツを買ってもらうためには色々とやることがあります。どういうTシャツを作るか考える、ブランド名を決める、満足のいくクオリティのプリントレベルのTシャツを作る、ネットショップを立ち上げる、イベントに出店して販売する。

そこから最初のお客様があなたのTシャツを買ってくれた時が、「インディーズTシャツブランド」誕生の瞬間です。

そして、独立して自立している限り、自分の好きなようにブランドを運営していいんです。この自由さこそがインディーズTシャツブランド運営の最大の楽しさです。

この自由さがあるからこそ、メジャーでは出得ない自由な発想のTシャツを買うことが出来るのが、お客様側から見たインディーズTシャツの楽しさです。

インディーズはメジャーと比べて「劣っている」ということではありません。インディーズは自由だからこそ、世の中を変えるTシャツが誕生する可能性があります。何にもとらわれない自由な発想でTシャツを作ることは、メジャーには難しいことです。

インディーズTシャツの源流たち

歴史を振り返ると、今のインディーズTシャツの源流は1990年代中期の原宿キャットストリートや各地フリーマーケットでの路上販売がルーツです。

Tシャツインタビューを読むと当時のエピソードが書かれています。

(初期は表参道の路上で売っていたんですよね?)そうそう。警察にも捕まって、指紋取られました。でも、もうしませんって言えば帰してくれる。(ハンバーグ009

(作ったTシャツは)全部フリマで売りました(笑)その頃はもうMars16にはいってるので本格始動のための資金集めだったんですよ。(Mars16

(販売しはじめたのは)フリマです。昔は手作りモノを売ると怒られたんです。家庭の不用品しか売るな、とか言われて。だから、古着と混ぜながらこそこそと売ってました。(ちくわぶ

Tシャツを作ってテスト的にフリーマーケットで販売していたんです。そのときにちくわぶさんも出ていたのが印象に残ってます。彼が山のように持ってきたTシャツは帰り相当減ってて、一方僕らは全然減ってなくて(苦笑)(Anything

これらのブランドさんが今のインディーズTシャツにつながる源流です。

その後、東京Tシャツ部やラブサミが登場して、「こんな世界があるんだ」「こういうこともできるんだ」というのが広まり、今に至ります。

以上、インディーズTシャツの定義と歴史でした。いかがでしたでしょうか?

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